大阪地方裁判所 昭和33年(ワ)1697号 判決 1960年9月02日
原告 松村亀松
被告 後藤栄之助
主文
被告は、原告に対し、別紙目録記載の家屋を明渡し、かつ昭和三三年一月一日から右明渡しずみに至るまで、一ヵ月金五、〇〇〇円の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告の負担とする。
この判決は、金一五〇、〇〇〇円の担保を供して仮に執行することができる。
事実
(略)
理由
原告が、昭和三三年一月一〇日、訴外後藤フクから、その所有にかかる別紙目録記載の家屋を買受けて、即日売買代金を完済し、同年三月一日これが所有権移転登記を受けたこと。右売買以前から、被告が、右訴外人から、右家屋の内二階建家屋の階上全部と、その表側に在る本件店舗を賃借していたこと、右訴外人が本件家屋を原告に売渡した頃、その居住していた本件二階建家屋の階下六帖、四帖半の二室及び離家を退去したので、原告が右退去した部屋に立入ろうとしたところ、被告がこれを拒み、被告において本件家屋全部を占有していること、原告が、右訴外人の被告に対する前記賃貸借に基ずく賃貸人たる地位を承継するとともに、同年一月一日から同年二月末日までの一ヵ月金五、〇〇〇円の割合による賃料債権を譲り受け、同年四月九日附翌日到達の内容証明郵便で同訴外人から被告に対しその旨の通知をし、ついで同月一〇日附翌日到達の内容証明郵便で原告が被告に対し、同年一月一日から同年三月末日までの前示割合による賃料合計金一五、〇〇〇円を三日以内に支払うべく、右不履行のときは賃貸借を解除する旨の意思表示をしたが、被告が右催告金額を支払わなかつたことは、いずれも、被告において明かに争わないところであるから、これを自白したものとみなす。
被告は、右訴外人と被告間の賃貸借において定められた賃料月額五、〇〇〇円は、大阪家庭裁判所において右両者間に成立した家事調停によつて定められたもので、右金額中には、同訴外人に対する扶養料が含まれているから、これをそのまま原被間の賃料額と認めることができず、右適正賃料額は月額二、一〇〇円をもつて相当とし、被告は原告に対し、右適正賃料額を弁済のため供託しているから賃料延滞の事実がないと主張するので考えてみる。
およそ家事調停であると民事調停であるとを問わず、調停手続において家屋の賃料額についての調停が成立したときは、右賃料額についての定めは、調停当事者(賃貸借当事者)は勿論その一般承継人のみならず特定承継人に対しても効力を有し、また地代家賃統制令(以下単に統制令という)適用の関係においても、その効力に影響がないというべく、唯調停所定の賃料額が、調停当事者の特殊な人的関係によつて著しく通常の賃料額を超え(若しくはこれに不足し)ているために、当事者に承継があつた場合にこれをそのまま承継人をして承継させることが極めて不合理な結果を生ぜしめるような特段の事情がある場合には、借家法第七条の規定を類推適用して、当事者は調停賃料額の増減額を請求し得ると解すべきである。けだし、民事調停であれ家事調停であれ、調停手続において賃料額についての合意が成立するに至る要因は、単に賃貸物件についての物的経済的なもののみに限らず、多かれ少なかれ人的心理的なものを含むことが多いのであつて、この故にこそ調停によつて定められた賃料額については地代家賃統制令によつて算出される賃料額と同様の扱いを受けているとも考えられるところ、当事者の承継によつて調停所定の賃料額の適否が争われることになると、徒らに紛争が惹き起されるおそれがあるからである。而して、家事調停においては、民事調停におけるよりも、賃料額を決定するにあたり、当事者の人的心理的要因が多分に働くであろうことは推測されるところであるけれども、それは結局程度の問題に過ぎず、これをもつて家事調停における賃料額についての前示見解を左右することができないと考える。
これを本件について考えてみるに、成立に争いのない甲第五号証に証人岡本栄吉、及び後藤フク(後記信用しない部分を除く。)の証言、ならびに、原告(一、二回)及び被告各本人尋問の結果を考え合わせると、被告の妻仲子が訴外後藤フクの娘であつて、昭和三〇年頃、当時本件家屋に一人で住んでいた右訴外人方へ被告夫婦が同居するようになつたが、親子であるにもかかわらず同訴外人の被告夫婦(特に仲子)との間に争いが絶えなかつたところから、同訴外人が被告夫婦を相手方として、大阪家庭裁判所に家事調停の申立をし、同庁昭和三十二年(イ)第二六三号家庭調整事件として調停手続を進めた結果、同訴外人が本件二階建家屋の階下六帖、四帖半及び離家を、被告夫婦が右二階全部及び店舗をそれぞれ占用し、右階下の二部屋を除く階下の部分を共用して、円満に共同生活を営むこと、被告夫婦は同訴外人に対し、右家屋の使用料(賃料)として一ヵ月金五〇〇〇円を支払うこと等の内容の調停が成立したこと、右使用料額については双方の主張が一致しなかつたが、結局同訴外人に対する被告夫婦からの扶養料の趣旨をも含ませて前示使用料額が承認されたことが認められ、右認定に反する証人後藤フクの証言の一部は信用することができず、他に右認定を覆えすに足る証拠がない。そして成立に争いのない甲第七号証(乙第一二号証)、本件記録に編綴された大阪市東住吉区長の証明書(昭和三四年七月一六日附、東住税務第一〇二二八号)に、原告(第二回)及び被告本人尋問、ならびに、鑑定人佃順蔵の鑑定の各結果を考え合わせると、被告賃借部分の昭和三四年度における統制令による(但し店舗については統制令の適用はない)賃料月額が、別紙計算書<E>記載の通り金三三七九円であることが認められ、右区長の証明書と、本件記録に編綴された同区長の証明書(前同日附東住税務第一〇二二七号)を対照すれば同三二年度においても右金額に大差のないことが推認されるところであつて、これと前示調停賃料額とを対比するとき、調停賃料額を目にして、著しく過大にして、これをそのまま訴外後藤フクの特定承継人たる原告と、被告との間の賃料額として承継させることが極めて不合理な結果を生ぜしめるものとは認め難いところであるから、その余の点について判断するまでもなく、被告は、原告に対し、右調停賃料額を支払う義務があるといわねばならないことは、前述の理由によつて明かであろう。
そうすると、被告が原告の不受領を理由として、原告に対し、その主張通りの弁済供託をしたとしても、これをもつて債務の本旨に従つた履行があつたと言えないことはいうまでもなく、原被告間の本件賃貸借は、前示催告期限の末日たる同三三年四月一四日限り解除されたものというべく、また、本件二階建家屋の階下の二部屋及び離家について、これを占有し得る権限を有することについては、被告においてなんらの主張立証をしないから、被告はこの部分を不法に占有しているものというべく、結局、被告は、原告に対し、本件家屋全部を明渡すとともに、同三三年一月一日から同年四月一四日までの賃料、及び、同月一五日から右明渡しずみに至るまで、本件家屋を不法占拠していることによつて原告に対して既に与え、将来与えるべき損害金の賠償として、一ヵ月金五、〇〇〇円の割合による金員を支払う義務があるといわねばならないから、これが履行を求める原告の本訴請求を正当として認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を、仮執行の宣言について同法第一九六条第一項を適用して、主文の通り判決する。
(裁判官 下出義明)